撮影しておけばと後悔する前に。アーカイブするのは誰だろう。

撮影を趣味にしてから何度も後悔したことがある。そんな後悔をして欲しくないので今回の記事を用意しておこう。日常を切り取ることをかめてくにおいて大事なこととしている。家族や友人、家、地元、自宅などずっとあるものと思っているものを撮影しておいて欲しい。

なぜか。

日常的なものはそのときにはずっと存在しているように思えて、実は消えてしまうことがある。東日本大震災では津波で家が流された方だっている。明日、自分自身が、家族が、友人が、と死んでしまう可能性だって否定できない。家も人も予想していないことをが起きて、なくなってしまうことがあることを覚えておいて欲しい。

高級なカメラを買って撮影して欲しいとは思わない。

ただ手元にあるスマホでいいので今見えている全てを記録して欲しい。寝ている姿でもいいし、笑顔でもいい。冠婚葬祭のときの写真でもいい。なんでも撮る機会を増やして欲しい。SNSに日常を投稿することは、インターネットの世界にあなたのアーカイブを残すことになり、それは一つの日本の歴史ともいえるのだ。

僕たち人間が継承していけることには限りはあるかもしれないけど、少しでも多くの方に、僕らは生きていたんだということを覚えておいて欲しい。そんな気持ちで僕はカメラを実は握りしめて撮り続けている。

写真を撮ることは歴史を残すことである。インターネットの世界に写真を載せる必要はもちろんない。ただプリントしたり、CDに記録しておいたりして欲しい。記録媒体の限界があるので、出来れば長く保存できる形を選んでみてくれると嬉しい。

100年後、1000年後、この日本にいたことを僕は残したい。あと何十年生きれるかなんて分からない人生。カメラを持つことも難しい。けれども大切な人たちの笑顔が残り続ける、大切ない場所が忘れずに済むのであれば、それは素晴らしいことなのではないか。

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